a585 親の言葉を聞いて育つ!
a584 残酷シーン
a583 殺すぞ!
島で生活してると、時々、言葉遣い、表現に、あれれ?、と感じる事がある。
話の中で冗談に、殺すぞ! 、あるいは殺されるぞ!、 という言葉が出てくる
はずだ。
島の人の表現では、それは、死なすぞ!、死なされるぞ!、と言う、表現になっ
ている。
何んでそんな表現になるのだろうかとよく考えると、殺すぞ!、殺されるぞ!と
いう表現には、頭をブチ割られ、非常に残忍な、残酷なシーンが先に浮かぶ。
その点、島の表現では、そのような残忍さは、抑えられる。
a582 御嶽
沖縄本島にある御嶽は、久高島に島々を作った神様が、降り立ったという事で、
久高島を向き、御嶽信仰が行われているという。
しかし450キロ離れたこの島には、そのような信仰は全く無関係だ。
理解出来ないのは、島の十数カ所の御嶽は、それぞれ、方向がバラバラで、統一
されていない。こんな小さな島で統一されな疑問、不思議である。
御嶽は本土でいうお寺みたいなものだが、2キロ未満の空間に、これ程のお寺な
り、御嶽があるような地区はないだろう。
この島を調べていくと、不思議な事だらけだ。
a581 物々交換
島には人が溢れ、耕作地を岩の上まで広げたという、その痕跡は今でも残ってい
る。
岩の上に出来る作物など、あるはずがないと思って、古老に聞くと、事もなげに、
粟なら十分作れるとの事だ。
言われてみれば、60年前、島には粟が野生化し、野生のウズラがたくさんいた。
ウズラの卵、仕掛けでウズラを捕らえて、食した事を思い出す。
また、御嶽は今でも十数カ所残っている。直径1キロちょっとの島に、本土では
考えられない、十数カ所の御嶽の跡が残っている。
a580 門中
それ以降も、石垣島等へかなりの人が強制移住させられたという。
1500年代からは600年代にかけて、日本では武士が勢力争いをしていた頃、
この島は、幸せで豊かに、文化を謳歌した人たちがいたと思われる。
島には、特に豪族らしきものは無い、また貨幣なるものも見当たらない。
人々は、物々交換、海から獲れる膨大な魚介類、御嶽を中心に、お互いの門中が、
仲良く生活していたと思われる。
a579 強制移住
南端に浮ぶ周囲12キロ、ハート形の黒島には、遠い昔、溢れんばかりの人口が
あり、一大文化圏を形成していたという説がある。
ある説によれば、人口1万人はいたであろうという人もいる。
真意の程は定かでないが、1700年、鳩間島へ60人が強制移住、3年後には
更に500人が強制移住させられたという記録が残っている。
その記述が本当ならば、島の住人は千人や二千人ではなく、一万人説もおかしく
ない。
a578 おーい北海道〜
a577 嫌悪感
a576 箱入りババー
a575 北海道のおばちゃん
a574 風葬
という事は、最大の屈辱であり、悪事に対する抑止力は、墓だったという。
ちなみに、墓の入り口を開けるのは、遺体を入れる時以外は、決して開けてはい
けない。
どうしても分骨したり、墓の中のお骨を取り出す場合は、鶏など、いけにえにて
代わりの儀式を行い、開ける必要がある。
日本に、風葬をする人種がいたという事である。
a573 血族
もしかして入り口が、何らかのかたちで塞がってしまへば、もう2度とそこから
は出れない。声を出しても、絶対、届かない。
そういう意味で、全く他人はそこへ入れないという事だ。
墓の中のスペースは、先祖代々のお骨が保存出来るスペース、そして、棺を入れ、
入れた人が入り口から出るスペースも必要だ。
よって、かなりの空間が必要で、先祖代々の血族が一つ屋根の下でまつられるの
である。
大きな亀甲墓を作る事は大きなエネルギーが必要で、罪を犯せば墓に入れてもら
えない。
a572 洗骨
勿論、洗骨は赤の他人ではなかなか出来ないものである。
ひかるも、両親が亡くなったとき初めて、小さな入り口から腹ばって中へ入った
が、暗闇の周りは、こうべと骨だらけ、足の踏み場も無いくらい、しかし、先祖
であり、血の繋がったこうべだと思えば、なんとか佇んでいられた。
赤の他人だと、どうしても恐怖心で、その空間には、いられないだろう。
a571 風葬
亀甲墓は子宮の形をしており、命は子宮で育まれ、完うしたら、またそこへ戻る、
と言われ、入り口は80センチほどの四角い、入り口になっており、勿論、蓋は、
ぶ厚い四角の石で覆われ、空気が外へ漏れないようになっている。
風葬と呼ばれる方式で、遺体は決して焼かない、また、西洋のように埋めるよう
な事もしない。
棺のまま墓へ入れ、肉体が風化したころ、きれいに洗骨し墓の中に収めるのであ
る。
遺体を棺のまま墓の中へ入れるため、異臭が漏れないよう、密閉できるようにな
っているのである。



